はじめに
本記事は、AWSにおけるマルチAZ(マルチアベイラビリティゾーン)構成についてわかりやすく解説するシリーズの第1章です。マルチAZが何を実現するのか、どんな利点と注意点があるのかを段階的に整理していきます。
この記事の目的
- マルチAZの基本的な仕組みと効果を理解していただくこと
- 設計や運用での判断材料を提供すること
対象読者
クラウド設計に関心があるエンジニアや、システムの可用性を改善したい運用担当者を想定しています。専門用語はできるだけ避け、具体例で補足しますので初学者にも読みやすい内容にしています。
本シリーズの流れ
続く章では、マルチAZの定義、リージョンとの関係、メリット・デメリット、具体的な構成例、コストの考え方、採用判断基準、最後にベストプラクティスを順に解説します。各章で実務に使えるポイントを示しますので、設計や運用にすぐ役立ててください。
マルチAZとは何か
概要
マルチAZ(Multi-AZ)は、同じリージョン内の複数の独立したアベイラビリティゾーン(AZ)にシステムを分散して配置する構成です。障害が起きても別のAZで処理を続けられるため、可用性を高めます。
AZとは
AZは地理的に近いが電源・ネットワークが独立したデータセンターの集合です。1つのリージョン内に複数あり、単一の障害が他のAZに波及しにくい設計です。
マルチAZの特徴
- 冗長化:リソースを複数AZに配置して障害耐性を高めます。
- 自動フェイルオーバー:RDSなどは障害発生時に自動で切り替わります。
- データ整合性:同期・非同期の複製方式があり、サービスや目的に応じて選べます。
具体例(イメージ)
- EC2を2つのAZに配置し、ロードバランサーで振り分ける。
- RDSのスタンバイを別AZに置き、プライマリ障害時にスタンバイが昇格する。
これにより、単一のデータセンターに依存するシングルAZ構成よりも安定した運用が可能になります。
リージョンとAZの関係、マルチAZとマルチリージョンの違い
リージョンとAZの関係
リージョンは地理的に分かれた大きな拠点で、複数のAZ(アベイラビリティゾーン)が含まれます。AZは物理的に独立したデータセンター群で、同一リージョン内で低遅延に接続されています。たとえば、1つのリージョンにap-northeast-1a、1b、1cのようなAZが複数あります。
マルチAZとは
マルチAZは同一リージョン内の複数AZにシステムを分散する構成です。主に単一AZの停電やネットワーク障害に備えます。データ同期は通常高速で自動フェイルオーバーが可能なことが多く、遅延が小さいのが特徴です。
マルチリージョンとは
マルチリージョンは異なるリージョン間でサービスやデータを複製する構成です。リージョン全体の障害や広域災害に強く、地理的に利用者に近いリージョンを選べます。一方でレプリケーション遅延や運用の複雑さ、通信コストが増えます。
使い分けの目安
短時間のAZ障害対策や低遅延が重要ならマルチAZを優先します。広域災害対応や法規制でデータを別地域に置く必要がある場合はマルチリージョンを検討します。コストと運用負荷も合わせて判断してください。
マルチAZ構成のメリット
概要
マルチAZ構成の最大のメリットは高可用性です。1つのゾーンで障害が起きても、別のゾーンでサービスを継続できます。これによりシステム全体のダウンリスクを下げられます。
耐障害性と自動フェイルオーバー
一部のマネージドサービス(例:RDS)は自動フェイルオーバー機能を持ちます。プライマリが使えなくなると、スタンバイに自動で切り替わり、復旧作業を人手で行う時間を短縮できます。データの同期方式により、切替後の整合性も保たれます。
業務継続性と信頼性の向上
複数AZに冗長化することで、業務の停止時間を最小化できます。検索やログ分析基盤(例:OpenSearch)では、99.99%の可用性を目標にでき、ユーザーや取引先への信頼性を高められます。
パフォーマンスと運用面の利便性
読み取り負荷の分散や、片方のAZでのメンテナンス中もサービスを維持できる点が便利です。ローリングアップデートや復旧手順もAZ単位で行えるため、計画的な作業での影響を抑えられます。
具体的な例
- Webサーバーを2つのAZに配置してロードバランサーで振り分けると、片方が落ちても接続が途切れにくくなります。
- データベースをMulti-AZで運用すると、障害発生時に自動でフェイルオーバーして業務継続が可能です。
これらにより、サービスの可用性と信頼性を実務レベルで高めることができます。
マルチAZ構成のデメリット
1. コストの増加
マルチAZでは同じリソースを複数のAZに展開します。例えば、EC2やデータベースのスタンバイを別AZに用意すると、単純に稼働資源分の料金が増えます。さらにAZ間のデータ転送やロードバランサ、冗長化用のストレージ費用も発生します。
2. ネットワーク設計と遅延
AZ間の通信で追加のネットワーク設計が必要です。ルーティングやセキュリティグループ、NATやロードバランサの設定が増えます。AZ間の通信は同一AZ内よりわずかに遅延するため、設計で考慮が必要です。
3. 運用・管理の複雑化
監視・ログ集約・バックアップ・フェイルオーバーテストなど運用作業が増えます。設定差分が生じやすく、手動運用だとヒューマンエラーのリスクが高まります。IaCや自動化が必須になります。
4. サービス対応の差
すべてのサービスが同じ方法でマルチAZ対応するわけではありません。例えばRDSのマルチAZは自動フェイルオーバーしますが、読み取りレプリカは別方式です。機能差により追加の設計や設定が必要になります。
5. データ整合性とキャッシュの課題
同期レプリケーションは遅延や書込み遅延を引き起こすことがあります。キャッシュやセッション管理が複雑になり、整合性を保つ対策が必要です。
導入時の注意点(対策例)
- 全資源を複製せず重要な要素に限定する
- IaCや自動化で設定差分を防ぐ
- 監視とフェイルオーバーテストを定期実施
- コスト試算を細かく行い優先度を決める
これらを踏まえ、マルチAZは可用性向上に有効ですが、導入時にコストと運用負荷の増加を必ず考慮してください。
代表的なマルチAZ構成例
以下に代表的なマルチAZ(可用性ゾーン)構成例を、実務で扱いやすい形で分かりやすくまとめます。各例で目的と注意点を簡潔に説明します。
1) Web3層アーキテクチャ(Web・App・DBを各AZに分散)
- 構成: 各AZにWebサーバーとアプリケーションサーバーを配置、ALBで振り分け。DBはRDSマルチAZやリードレプリカで冗長化。
- メリット: AZ単位の障害でもフロントとアプリが稼働し続けます。遅延はAZ間で小さく抑えられます。
- 注意: セッション管理は共有ストア(RedisやDB)を使うか、ステートレスにします。
2) RDSマルチAZ(プライマリ+スタンバイ、フェイルオーバー)
- 構成: プライマリDBが1つのAZ、同期レプリケーションで別AZにスタンバイを配置。自動フェイルオーバーを提供。
- 挙動: プライマリ障害時に自動でスタンバイが昇格します。接続先は同じエンドポイントを使えます。
- 注意: フェイルオーバー中に短時間接続が切れる点を設計で扱います。
3) ALB/NLBの各AZエンドポイント(トラフィック分散)
- 構成: ALB/NLBは各AZにエンドポイントを持ち、ヘルスチェックで健全なAZへ振り分けます。
- ポイント: 同一AZ内のターゲットを優先的に使うことでレイテンシを下げます。ヘルスチェックは適切に設定します。
4) Amazon OpenSearch ServiceのマルチAZ構成
- 構成: データノードを複数AZに分散、マスターノードやスナップショットで冗長化します。
- 効果: 検索クラスタ全体の可用性が高まり、ノード障害時も検索や書き込みが継続しやすくなります。
5) Amazon FSxの複数AZ冗長化と同期レプリケーション
- 構成: FSxのサービスでデータを複数AZへ同期レプリケーションします。
- メリット: ファイルレベルの一貫性を保ちながらAZ障害に耐えます。
- 注意: 同期レプリケーションはレイテンシに影響することがあるため性能要件を確認します。
各構成では定期的なフェイルオーバーテスト、監視とアラート、バックアップを合わせて運用することをおすすめします。
料金やコストの考え方
概要
マルチAZ構成は可用性を高めますが、リソース数が増えるためコストも上がります。ここでは何が料金に影響するか、節約の工夫、費用対効果の見方を分かりやすく説明します。
主なコスト要因
- インスタンス台数:シングルAZで1台だったものが、マルチAZで2台以上になると単純に利用料が増えます。
- ストレージとレプリケーション:データを複数AZに保存するとストレージ使用量や書き込みの料金が増えます。
- ネットワーク転送:AZ間のレプリケーションやヘルスチェックでデータ転送が発生します。
- 補助サービス:ロードバランサーや監視、バックアップの費用が追加でかかります。
コスト削減の工夫
- 必要なリソースだけを複製する(全てを二重化しない)。
- オートスケールや停止運用で稼働時間を最適化する。
- リザーブドインスタンスやSavings Planを検討する。
- ストレージ階層化でアクセス頻度の低いデータは安価に保管する。
費用対効果の見方
想定ダウンタイムの損失額と月額増分を比較します。例えば、ダウンタイムで1時間あたり10万円の損失が想定され、マルチAZの追加費用が月1万円程度なら、投資対効果は高いと判断できます。運用リスクや復旧時間も考慮して評価してください。
注意点
短期的なコスト削減を優先して可用性を犠牲にすると、障害時の損失が大きくなる場合があります。事業インパクトを基に優先度を決めることが重要です。
マルチAZ構成を採用すべき判断基準
前提
マルチAZを検討する前に、業務対サービスの重要度と想定障害を整理します。要件を明確にすると判断が楽になります。
可用性と業務影響の評価
サービス停止が顧客や売上に直結する場合はマルチAZを優先します。例:決済やログインが止まると即時で不利益が出る業務です。社内バッチや短時間のバッチ処理は単一AZで許容できることもあります。
データ保護と復旧要件(RTO/RPO)
復旧時間(RTO)と許容できるデータ損失(RPO)を数値化してください。短いRTOと小さいRPOが必要ならマルチAZが有効です。
コストと運用体制
運用人員、監視、障害対応の手順、テスト実施の余力を確認します。予算が限られる場合は段階導入や重要系のみ適用を検討します。
技術的制約
アプリがステートレスであれば導入が容易です。状態を持つデータベースはレプリケーションやフェイルオーバー設計が必要です。
判断フロー(実務的)
1) 重要度評価 2) RTO/RPO決定 3) コストと人員確認 4) PoCで検証 5) 導入/簡易対策選定。これに沿って判断すると現実的です。
まとめ・ベストプラクティス
AWSでシステムを設計するときは、まずマルチAZ構成を基本に据えることをおすすめします。マルチAZは可用性と耐障害性を手軽に高められるため、まずここから始め、サービスや重要度に応じて追加対策を検討します。
ベストプラクティス(チェックリスト)
- マルチAZを標準にする:RDSやEC2は複数のAZに配置し、自動フェイルオーバーを有効にします。例:RDSのマルチAZやALBによる跨AZ負荷分散。
- RTO/RPOを明確にする:復旧時間(RTO)と許容データ損失(RPO)を決め、それに合う同期・非同期レプリケーションを選びます。
- 定期的にフェイルオーバーテストを行う:障害時の挙動を実運用で確認し、手順を磨きます。
- 監視と自動化を整える:CloudWatch等でヘルスチェックとアラートを設定し、可能な操作は自動化します。
- バックアップとスナップショットを運用する:定期バックアップと保管ポリシーを決めます。
- コスト管理を意識する:冗長化コストを見積もり、優先度に応じて冗長度を調整します。
- ドキュメントと運用手順を用意する:障害対応手順(Runbook)を明文化して関係者に共有します。
実践のコツ
小さく始めて徐々に拡張してください。まずは重要なコンポーネントだけをマルチAZ化して運用負荷とコストのバランスを取り、経験を基に横展開します。重要度が高いサービスはマルチリージョンも検討してください。
運用を繰り返し改善すると、可用性と運用性の両方が安定します。












