はじめに
本書の目的
本書は、中国本土向けにコンテンツを配信する際によく直面する技術的・ビジネス的な課題と、その現実的な対応策をわかりやすく整理したものです。グレートファイアウォールや国内ISPの特性、法的要件に沿ったCDNの選び方と運用について、具体例を交えて解説します。
読者想定
- 中国向けサービスの導入を検討しているエンジニアやプロダクト担当者
- 既に配信を始めたが品質や規制で困っている担当者
- 法務や運用チームで中国対応の全体像を把握したい方
本書で扱う範囲
- 中国の通信環境が配信に与える影響(例:遅延や接続切断)
- CDNの基本と中国での役割
- ICPライセンスや個人情報保護(PIPL)などの法規制
- 実務的なアプローチ例と運用上の注意点
読み方のポイント
技術説明はなるべく具体例で補足します。法規制は概要にとどめ、詳細は専門家と調整してください。
中国でコンテンツ配信が難しい理由
1. グレートファイアウォール(GFW)の影響
GFWは特定の通信を検査・遮断します。深層パケット検査(DPI)や接続リセットで、応答が遅くなったりタイムアウトが発生したりします。例えば、海外のサーバーと頻繁にやり取りするAPIは接続が安定しにくく、ページ表示や動画再生が途切れがちになります。
2. 海外〜中国本土間のネットワークボトルネック
国際回線は帯域が限られ、混雑時に遅延やパケットロスが増えます。大きなファイルや動画配信では影響が顕著です。ラウンドトリップ時間が長くなると、TCPやTLSの握手回数が増え、結果的に体感速度が落ちます。
3. 国内3大ISPのピアリングと地域差
China Telecom、China Unicom、China Mobileで経路が異なります。都市や省ごとに最適ルートが変わり、ある地域では速くても別の地域で遅くなることがあります。ISP間のピアリングが悪いと中継点で遅延や輻輳が起きやすいです。
グローバルCDNだけでは不十分
以上の理由により、海外向けに最適化したグローバルCDNをそのまま使っても、中国本土で必ずしも高速化しません。中国向けには別の設計やローカルノードの検討が必要です。
CDNの基本と、中国における役割
CDNとは何か
CDN(コンテンツ配信ネットワーク)は、世界中に分散した「エッジノード」と呼ぶサーバにコンテンツを置き、利用者に近い場所から配信する仕組みです。たとえば画像や動画をユーザーの近くのサーバにキャッシュすると、表示が速くなります。
主な機能と具体例
- 静的コンテンツのキャッシュ:画像、CSS、JavaScript、動画の断片を保存します。これにより origin サーバの負担が下がります。
- 経路の最適化:最短ルートで配信してレイテンシを減らします。実例として、遠隔地のユーザーでもページが早く開きます。
- ロードバランスと高可用性:トラフィックを複数のノードに分散して障害時もサービスを維持します。
中国市場での役割
中国ではネットワーク経路の違いと検閲(GFW)の影響で遅延や接続切れが起きやすいです。CDNは国内複数地域のノードや異なるISPを使い、利用者に近い経路から配信することで全国レベルの安定化を図ります。海外からの配信では香港など近隣拠点との組み合わせも使います。
セキュリティ機能と限界
多くのプロバイダはWAFやDDoS対策を提供します。これらは攻撃対策に有効ですが、CDNだけで検閲や法規制の問題を解決できません。規制対応や運用は別途の対策と組み合わせる必要があります。
実務での注意点
キャッシュ設定やキャッシュの無効化、SSL証明書の管理、ログ取得の方法など運用面の設定で品質が大きく変わります。導入前に目的と利用者分布を明確にしておくことをおすすめします。
中国でCDNを使う際の法規制・コンプライアンス
概要
中国で安定的に配信するには法規制対応が不可欠です。技術だけでなく申請や運用ルールを整える必要があります。
ICPライセンス(備案/許可証)
・ICP備案:一般サイト向けの登録で、ドメインごとに実施します。国内サーバで配信する場合は必須です。未取得だと接続遅延やブロックの原因になります。
・ICP許可証:オンラインショップや特定サービスで必要となる営業許可です。対象かを事前に確認してください。
データレジデンシと個人情報保護(PIPL)
中国の法律は個人情報の国内保管や越境移転に厳しい基準を定めます。ユーザーデータの分類(個人情報・重要データ)を行い、国内保存が必要なデータは中国内のデータセンターに配置します。越境移転は同意取得やセキュリティ評価を検討します。
コンテンツ規制とモニタリング
政治、社会、メディア関連の配信は特に規制が厳しいです。ホスティング事業者やCDNパートナーは違反コンテンツの検出・通報義務を負う場合があり、配信前のチェック体制が重要です。
技術・リーガル・運用の設計ポイント
・技術:中国内のPoP利用、ログ保存、暗号化とアクセス制御を整えます。
・リーガル:ICP登録、利用規約・プライバシーポリシーの中国語版を用意します。
・運用:コンテンツ審査ワークフロー、インシデント対応体制、定期的な法令チェックを組み込みます。
実務チェックリスト(簡易)
- ドメインごとのICP備案または許可の確認
- データマッピングと国内保存要否の判定
- CDNパートナーのコンプライアンス履歴確認
- モニタリング・削除フローの整備
これらを踏まえ、技術・リーガル・運用をセットで設計すると安全に配信できます。
中国向けCDNでの代表的なアプローチ
中国向け配信では用途や制約に応じて複数の実務的な手法があります。ここでは代表的なアプローチを分かりやすく説明します。
1. 中国国内インフラ+CDN(王道アプローチ)
中国本土にPoP(配信拠点)やサーバを持つCDN事業者を使います。ユーザーに物理的・論理的に近い場所から配信できるため、応答が速く安定します。具体例としては北京・上海・広州など主要都市にノードを置き、国内の大手ISPと直接接続するケースです。国内での配信にはICP登録が必要になる点に注意してください。
2. マルチCDN戦略
1社だけでは全国やすべてのISPに対して最良の配信が難しいため、複数社を組み合わせます。地域やISPごとに最適なCDNへ振り分けることで、空白地帯や通信障害の影響を小さくできます。運用では性能監視と自動フェイルオーバーを設定し、どのCDNが優れているかを常に測定します。
3. 香港・海外エッジの補完利用
ICPを取得しない、あるいは短期的対応が必要な場合は香港や近隣地域のエッジを使う手があります。設定や導入が比較的速く法的手続きが少ない利点がありますが、国境越えの遅延や検閲の影響が出る可能性があります。用途に応じて国内CDNと組み合わせると効果的です。
4. ハイブリッド運用とキャッシュ設計
オリジンを海外に置きつつ、中国内のCDNで静的コンテンツを積極的にキャッシュする運用です。静的資産は長めにキャッシュし、動的APIは短めにするなどTTLを分けます。事前ウォームアップや負荷分散、圧縮・画像最適化の併用で体感速度を向上させます。












