はじめに
背景
AWSは単にクラウド上でサービスを提供するだけでなく、基盤となるハードウェアを自ら設計・改善しています。ハードウェアの工夫が、性能やコスト、セキュリティの向上につながり、利用者の体験に直結します。
本記事の目的
本記事では、AWSが開発・採用している主要なハードウェアとその特徴をわかりやすく解説します。Nitro System、Graviton、Inferentia/Trainium、そしてAWS Outpostsなどを取り上げ、どのようにクラウドの価値を高めているかを説明します。
読者対象
クラウド利用を検討している開発者、システム担当者、技術に関心のある一般読者向けです。専門用語は最小限にし、具体例を交えて説明しますので、初めて読む方でも理解しやすい構成です。
本書の構成
第2章以降で各ハードウェアの全体像や技術的特徴、導入によるメリットを順に解説します。
AWSハードウェアの全体像
概要
AWSはソフトウェアだけでなく、ハードウェアにも積極的に投資しています。AWS Summit Japan 2025では、実物の機器が展示され、クラウドの裏側にある物理的な工夫が紹介されました。複数の専用コンポーネントがあり、それぞれ異なる用途に最適化されています。
主要コンポーネントと役割
- Nitro System:仮想化やセキュリティ処理を専用ハードウェアで行います。たとえば暗号化やネットワーク処理をCPUから切り離して高速化します。
- Graviton(プロセッサ):ARMベースのCPUで、同じ処理を低コスト・低消費電力で実行できます。ウェブサーバーやコンテナ処理で効果的です。
- Inferentia / Trainium:機械学習処理に特化したアクセラレータです。画像認識や推論を高速化する例が分かりやすいです。
- ストレージとネットワーク:NVMeや専用ネットワーク装置でI/Oと通信性能を高めます。データベースや大容量転送に強みを発揮します。
ワークロードに合わせた選択
用途に応じてコンポーネントを組み合わせると費用対効果が上がります。例えば大量のウェブリクエストはGravitonを使い、モデル推論はInferentiaに委ねる、といった選び方です。ハードウェアの選択がパフォーマンスとコストに直結します。
実物を見る価値
実機を見ると設計思想が分かりやすく、最適化の方向性が理解できます。クラウドの利便性は見えにくい部分の工夫にも支えられていると実感できるでしょう。
Nitro System(ニトロシステム)
概要
Nitro Systemは、AWSの仮想化基盤を支える専用ハードウェアとソフトウェアの組み合わせです。従来ソフトウェアで行っていた仮想化やネットワーク、ストレージ処理を専用の装置に任せることで、ホストCPUをアプリケーション実行にフルに使えます。これにより性能と安全性を両立します。
Nitroの仕組み
Nitroはホスト側で動く制御機能を分離し、I/Oや管理機能を専用ボード(Nitro Card)やファームウェアに移しています。ゲストVMは直接ハードウェアに近い性能でI/Oを使えます。具体例として、ローカルNVMeストレージへの高速アクセスが挙げられます。
Nitro Cardの役割
- ストレージ管理:ローカルNVMeボリュームの制御を行います。
- ネットワーキング:パケット処理をオフロードしてレイテンシを下げます。
- 管理とモニタリング:ホストの状態やインスタンスのライフサイクルを安全に管理します。
- セキュリティ:暗号化や隔離機能をハードウェアで担います。
セキュリティと性能のメリット
Nitroにより、ホストとゲストの完全な分離が可能です。これによりテナント間の干渉を防ぎ、安全性が高まります。またオフロードでCPUのオーバーヘッドが減り、アプリケーションの応答性とスループットが向上します。
運用上のポイント
Nitroは透明に動作するため通常のEC2操作は変わりませんが、ローカルNVMeを使うインスタンスではストレージの特性(揮発性や寿命)を理解して設計してください。またファームウェアの更新やベンダー提供の管理ツールで保守を行う点に注意が必要です。
Graviton プロセッサ
概要
GravitonはAWSのAnnapurna Labsが設計した64bitのARM系プロセッサです。x86系と比べて電力効率や価格性能比に優れ、クラウド向けのコスト効率を高めます。例として、同じ処理量でコストを抑えたいWebサーバーやバッチ処理に向きます。
特長
- 価格性能比が高い:一般的にコストを下げつつ同等以上の処理を実現します。
- バリエーション:汎用、コンピューティング重視、メモリ重視など用途に合わせたインスタンスタイプがあります。
- スケール:Graviton2は最大128コア、最大256GBのメモリを備え、大規模なワークロードにも対応します。
代表的なユースケース
- WebアプリケーションやAPIサーバー
- バッチ処理、ログ集計
- コンテナ化されたマイクロサービス
AWS Outpostsでの利用
Gravitonを搭載したインスタンスはAWS Outpostsサーバーにも組み込まれ、オンプレミス環境でも同じアーキテクチャで運用できます。これによりクラウドとローカルで一貫したコスト管理と性能が得られます。
移行時のポイント
- ソフトウェア互換性を確認:ARM向けにビルドやライブラリの対応が必要です。
- テストを重ねる:性能差はワークロード依存なので事前検証を推奨します。
- コスト試算:実運用でのコスト削減効果を見積もって判断してください。
Inferentia/Trainium(AI/ML特化型ハードウェア)
背景と目的
AWSは機械学習(ML)の処理を効率化するために、汎用GPUとは異なる専用チップを開発しました。目的はコストを下げ、応答性を高め、電力効率を向上させることです。具体的には推論(Inference)向けにInferentia、訓練(Training)向けにTrainiumを用意しています。
Inferentia(推論向け)
Inferentiaは推論処理を高速化するために設計されています。たとえば、画像認識のリアルタイム推論やレコメンデーション配信で低遅延かつ安価に動かせます。推論処理をInferentiaへ移すと、同じ処理をGPUで行うよりコストが下がることが多く、大量のリクエストが来るサービスに向きます。
Trainium(訓練向け)
Trainiumはモデルの学習を高速化します。大規模なニューラルネットワークを短時間で訓練したい場合に有効です。たとえば、自然言語処理モデルや大規模な画像生成モデルの学習で活躍します。Trainiumは訓練時間を短縮し、結果として運用コストを削減します。
利用例と比較
・リアルタイム音声翻訳やチャットボットの推論はInferentiaが適します。
・研究や大規模モデルの学習はTrainiumが向きます。
汎用GPUは柔軟性が高い反面、コストや消費電力で不利になる場面があります。そのため適材適所で専用チップを選ぶと効果が出ます。
開発者向けツールと運用
AWSはNeural向けのSDKや最適化ライブラリを提供します。既存のTensorFlowやPyTorchのモデルを移行しやすく、実運用用のAMIsやEC2インスタンス(例:Inf1、Trn1)を使ってすぐに試せます。導入前に小さな負荷試験を行い、コストと性能を比較することをおすすめします。
EC2での多様なプロセッサ対応
対応プロセッサと主な特徴
Amazon EC2はIntel、AMD、Arm(Graviton)など複数のプロセッサを選べます。Intelは従来の互換性や高いシングルコア性能が必要な業務向け、AMDはコストパフォーマンス重視、Armは省電力で並列処理に強い点が特徴です。用途によって最適なものを選べます。
オペレーティングシステムと互換性
Linux、Windowsのほか、オンデマンドで利用できるMacオペレーティングシステムインスタンスも提供します。開発やiOSビルドなどMac環境が必要なワークロードに便利です。Arm系ではソフトウェアの対応確認が必要ですが、多くの主要なOSSは既に動作します。
ネットワークと大容量通信
一部インスタンスは最大400 Gbpsのイーサネットをサポートし、高速なデータ転送を必要とする分析や分散処理に向きます。ストレージやネットワークの性能も考慮してインスタンスを選ぶと効果が高まります。
選び方のポイントと具体例
- Webサーバーや一般的なアプリ:コスト重視ならAMDやArmを検討
- レガシーアプリや高互換性が重要:Intelを優先
- モデル推論やビッグデータ:ネットワークと並列性能を重視
例えば、iOSアプリのビルドはMacインスタンス、機械学習の推論はGravitonでコストを抑える、という選択が考えられます。
導入時の注意
移行前にベンチマークやライブラリの互換性を確認してください。コスト試算とパフォーマンステストを行うと、実運用での最適構成が見つかります。
AWS Outposts によるオンプレミス統合
概要
AWS Outpostsは、AWSが設置・設定・保守を行う完全管理型のラック型ソリューションです。クラウドと同じAPIやサービスをそのまま施設内で動かせます。低遅延やデータ主権が求められる環境に向きます。
何ができるか(具体例)
- EC2やEBSをオンプレミスで稼働できます。工場のリアルタイム制御に向きます。
- RDSやEKSを使ってデータベースやコンテナを立てられます。医療データの所在地ルールに対応できます。
技術的な仕組み
Outpostsは専用ラックを設置し、VPCやAWSリージョンと専用回線で接続します。ハードウェアはAWS管理下で、ソフトウェア面はクラウドと一貫性を保ちます。
運用と管理
AWSがハードの更新やパッチを行います。お客様はワークロードの設定やアプリ運用に集中できます。運用はクラウドと同様の管理ツールで行えます。
セキュリティと準拠
IAMやKMSなど既存のAWSセキュリティ機能が利用できます。データは暗号化して保管・転送します。規制対応が必要な業界でも導入しやすい設計です。
導入時の注意点
設置場所の電力や冷却、ネットワーク接続の要件を事前に確認してください。容量や契約形態を適切に選ぶことが費用対効果に影響します。
AWS Outposts サーバーの仕様
概要
AWS Outposts サーバーは1Uのラックマウント型で、小規模な現場処理向けに設計されています。クラウドと同じ管理下でオンプレミスに計算資源を置ける点が特徴です。
ハードウェア仕様(主な項目)
- プロセッサ: AWS Graviton2 または Intel Xeon(最大128コア)を選択可能
- メモリ: 最大256GB
- ローカルストレージ: 最大7.6TB NVMe SSD
- フォームファクタ: 1U ラックマウント
利用シーンの具体例
- 店舗: レジや在庫検索の高速キャッシュ処理
- 製造現場: センサーのリアルタイム集約と前処理
- エッジ分析: 低遅延で映像やログを即時処理
設置・運用上の注意
- 電源・冷却の確保が必要です。ラックスペースと電力要件を事前確認してください。
- ネットワークは本番環境と同等の可用性を想定して設計します。
管理とサポート
AWS 管理コンソールからリモートで監視・更新が可能です。保守や修理はAWSとの契約に基づいて提供されます。
セキュリティ面
データ暗号化や物理的アクセス制御を組み合わせて、オンプレミス特有のリスクに備えます。
ハードウェア投資がもたらすメリット
初期費用ゼロで導入負担を軽減
AWSではハードウェア購入や設置工事が不要です。企業は初期投資を抑え、設備調達や物理スペースの確保にかかる時間と手間を削減できます。
運用・保守の簡素化
社内でのサーバ管理や定期点検、故障対応といった運用負担が小さくなります。保守契約や交換部品の手配が不要になり、人員コストを最適化できます。
常に最新の性能を利用可能
ソフトウェアとハードウェアが継続的にアップグレードされるため、高い性能と安定性を維持できます。必要に応じてスペックを柔軟に変えられ、事業の成長に合わせて対応できます。
コスト予測とビジネスの迅速化
従量課金や固定料金を組み合わせることでコストを見通しやすくなります。そのため、新サービスの立ち上げや実験を迅速に行えます。
具体例
社内でのサーバ更新が不要になるため、ITチームは運用改善や新機能開発に注力できます。小規模事業者も大規模な初期投資なしで高度なインフラを利用できます。












