はじめに
背景
クラウドを使うと、ネットワークを分けて運用することが増えました。たとえば、開発環境と本番環境を別々のVPC(仮想ネットワーク)に分け、互いに安全に通信させたい場面が出てきます。本記事ではAWSの「VPCピアリング」を取り上げ、実務で役立つ知識を丁寧に説明します。
この記事の目的
VPCピアリングの基本から応用まで、わかりやすく解説します。仕組み、メリット、設定手順、セキュリティ対策、料金、注意点を実用的にまとめ、設計や運用にすぐ活かせる情報を提供します。
読者対象
クラウドやネットワークの基礎知識をお持ちのエンジニアや運用担当者を想定しています。初心者の方でも読みやすいよう、具体例を交えて説明します。例: 開発VPCから本番のデータベースへ安全に接続したい場面。
本記事の構成
全10章で段階的に解説します。まず理解すべき基礎を説明し、その後で具体的な設定手順や運用のベストプラクティス、注意点を順を追って紹介します。各章で実務的なポイントと分かりやすい例を示します。
VPCピアリングとは
概要
VPCピアリングは、AWS上の2つのVPC(仮想ネットワーク)を直接つなぎ、プライベートIPで安全に通信できる機能です。通信はAWSの内部ネットワークで完結するため、インターネットを経由せずセキュアで低レイテンシになります。
主なポイント
- プライベートIPで直接通信します。パブリックIPやVPNを使わずに済みます。
- 同一アカウント間だけでなく、別アカウント間でも接続できます。
- リージョン内(同一リージョン)だけでなく、リージョンをまたぐピアリングも可能です。
利用例(具体例)
- Webサーバー用VPCからデータベース用VPCへプライベートにアクセスする。
- 開発用VPCと本番用VPC間でログや監視データを安全に転送する。
注意点(簡潔に)
- ルートテーブルやセキュリティグループで通信を許可する必要があります。
- ピアリングは『非トランジティブ』です。A↔B、B↔Cを作ってもA↔Cは自動でつながりません。
まとめに代わる一言
VPCピアリングはシンプルで直接的なプライベート接続を提供します。設定とルーティングを正しく行えば、安全で速い通信手段になります。
VPCピアリングの主な用途とメリット
概要
VPCピアリングは、別々のVPC(仮想ネットワーク)同士をプライベートIPで直接つなぎ、安全かつ低遅延な通信を実現します。インターネットやVPNを経由しないため、通信経路がシンプルです。
主な用途(具体例つき)
- 環境分離:開発用VPCと本番用VPCを分け、ログ集約や監査は専用VPCで行います。例)本番VPCのアプリから、別VPCのデータベースに接続。
- 組織間連携:別アカウントのVPC同士でサービス連携を行います。例)請求システムを別組織のVPCで運用し、APIで接続。
- マイクロサービス分割:機能ごとにVPCを分け、セキュリティ境界を明確にします。例)認証サービスを専用VPCで稼働。
- マルチリージョン構成:リージョンをまたいでVPCをつなぎ、冗長化やデータ同期を行います(追加コストや制限に注意)。
主なメリット
- セキュア:プライベート経路で通信するため、公開ネットワークに出ません。
- 低遅延・高スループット:直接接続により応答性が良くなります。
- コスト効率:インターネットゲートウェイやVPNを経由するより総費用を抑えやすいです。
- 運用の単純化:中間装置を減らし、ルーティングで接続制御できます。
補足のポイント
VPCピアリングは便利ですが、ルート管理やアクセス権設計が必要です。用途に応じて設計を検討してください。
VPCピアリングの仕組み
概要
VPCピアリングは1対1で接続する仕組みです。ピアリング接続を作成・承認すると、異なるVPC間でプライベートIPアドレスを使った通信が可能になります。ただしトランジティブ(仲介を介した多段接続)はできません。
接続の流れ(簡単な例)
- 発信側でピア接続を作成する。
- 受信側が承認する(別アカウントでも同様)。
- 双方のルートテーブルに相手VPCのCIDRへ向かうルートを追加する。
- セキュリティグループやネットワークACLで通信を許可する。
ルーティングの仕組み
ルートテーブルに相手VPCのCIDRを登録すると、その宛先へのトラフィックがピア接続経由で送られます。重要な点は、各VPC側で明示的にルートを追加する必要があることです。CIDRが重複しているとルーティングできません。
セキュリティとパケットの流れ
パケットは送信元のインスタンス→VPCのルートテーブル→ピア接続→相手VPCのルートテーブル→受信側インスタンスという経路で届きます。到達には送信元・宛先ともにセキュリティグループやネットワークACLで許可が必要です。たとえばWebサーバーにアクセスするなら、受信側のセキュリティグループで該当ポートを開けます。
制限のポイント
- トランジティブは不可。中継VPCを経由した接続は動作しません。
- 同一リージョン内とリージョン間での扱いがサービスにより異なるため、環境に応じて確認してください。
- ピア接続は1対1なので、多数のVPCを接続する場合は設計を工夫します(例:ハブ&スポークなど)。
VPCピアリングのセキュリティと運用ベストプラクティス
概要
VPCピアリングはネットワーク接続を簡潔にしますが、設計と運用を誤ると通信範囲が広がりリスクになります。ここでは実務で使える安全策と運用手順を分かりやすく説明します。
ルートテーブルと最小権限
ルートは「必要なサブネットだけ」に限定してください。広いCIDR(例:10.0.0.0/8)は避け、必要なら/24単位で許可します。例:データベース用サブネット10.0.2.0/24だけを許可し、管理用や他環境は除外します。
IAMと操作権限
ピアリングの作成・承認・ルート変更は権限を限定します。ロールやポリシーで「誰が何をできるか」を明確にし、運用担当と管理者で分離します。誤操作を防ぐために変更権限は最小に絞ります。
セキュリティグループとネットワークACL
セキュリティグループはインスタンス単位で細かく制御し、ネットワークACLはサブネット境界で補助します。双方向通信が必要な場合だけポートを開き、不要なポートは閉じます。例:アプリ→DBはTCP 3306のみを許可する、管理用は管理者IPレンジに限定する。
監視・ログ・運用手順
VPCフローログや操作ログ(CloudTrail等)を有効にし、ルート変更やピア接続の作成をアラート化します。定期的に接続状態とアクセス許可をレビューし、不審な通信を早期発見できる体制を作ります。
変更管理とテスト
本番に適用する前にステージングで動作確認とセキュリティテストを行います。変更時はメンテナンスウィンドウを設定し、ロールバック手順と連絡フローを用意してください。
チェックリスト(簡易)
- ルートは必要最小限のCIDRに限定
- IAMで編集権限を分離
- SGとNACLで二重に制御
- ログとアラートを有効化
- ステージングでの検証と運用手順の整備
他のVPC接続手段との比較
概要
VPCピアリングはVPC同士を直接つなぐ単純な方法です。小規模や点対点の接続に向きますが、接続数が増えると管理が煩雑になります。
VPCピアリングの特徴
- 適用場面:少数のVPCをつなぐ場合に有効です。
- 利点:低遅延でシンプル。設定も比較的簡単です。
- 注意点:ルーティングは非推移的(A–B, B–CがあってもA–Cは自動でつながりません)。IPアドレスの重複を避ける必要があります。
Transit Gatewayの特徴
- 適用場面:多数のVPCやオンプレミスと集中管理したいときに適します。
- 利点:接続を一元化でき、ルート管理が楽になります。多数のピア接続を減らせます。
- 欠点:基本的にコストが高くなりがちです。小規模環境では割高になる場合があります。
PrivateLinkの特徴
- 適用場面:サービス単位(APIやマイクロサービス)を安全に提供したいときに最適です。
- 利点:サービス提供側と利用側でIP空間が競合しません。トラフィックはサービスエンドポイントに限定されます。
- 注意点:VPC全体の接続というより、サービス単位の接続です。
その他(VPN / Direct Connect)
- VPN:暗号化したインターネット経由での接続。コストは低めで柔軟ですが遅延が大きくなることがあります。
- Direct Connect:専用回線で安定した帯域と低遅延を確保できます。長期契約や設備準備が必要です。
選び方の目安
- 少数のVPCでシンプルに接続したい:VPCピアリング。
- 大規模で多数の接続を一元化したい:Transit Gateway。
- 特定サービスだけプライベートに公開したい:PrivateLink。
- オンプレミスと安定した接続が必要:Direct Connect(またはVPN)。
用途や規模、コストを比べて最適な方法を選んでください。
VPCピアリングの料金・課金体系(2025年最新情報)
概要
同一リージョン内のVPCピアリングは、転送したデータ量に基づいて課金されます。2025年4月から請求レポートでピアリング通信が個別に把握できるようになり、料金そのものは変わらない一方で利用状況の可視化が進みました。
課金モデルのポイント
- 課金は従量制で、送受信したデータ量(GB単位)に応じます。
- ピアリング経由のトラフィックは通常のインターネット転送や別の接続手段と区別して計上できます。
2025年の改善点(実務的メリット)
- 請求書や利用レポートでピアリング通信量が個別に表示されるため、プロジェクト別・チーム別のコスト配分が簡単になります。
- 無駄な通信や高額な経路の特定がしやすくなり、コスト最適化が進めやすくなりました。
コスト計算の手順(簡単な考え方)
- レポートでピアリング通信量(GB)を確認します。
- その量にプロバイダーの単価を掛けます。
- 必要ならタグやレポートを使ってプロジェクト別に按分します。
運用上の注意点
- レポートの粒度や更新頻度を確認して、定期的にコストを監視してください。
- タグ付けやログ収集を整備すると、請求内訳の活用がしやすくなります。
VPCピアリング設定の流れ(AWSコンソール例)
前提
例として、VPC-A(10.0.0.0/16)とVPC-B(10.1.0.0/16)をピアリングする流れを説明します。両VPCは同一アカウントか別アカウントかで操作が一部異なります。
1. ピアリング接続の作成(Requester)
- AWSコンソールで「VPC」→「Peering Connections」→「Create Peering Connection」を選びます。
- Requester側のVPCを選択し、Peer側に相手のVPC IDと(別アカウントなら)相手アカウントIDを入力します。
- 名前タグを付けて作成します。
2. 相手側での承認(Accepter)
- 相手アカウント/同一アカウントのコンソールで「Peering Connections」を開き、該当するリクエストを選びます。
- 「Accept Request」をクリックして承認します。
3. ルートテーブルの設定(双方)
- 両側のルートテーブルに、ピアVPCのCIDRへ向けたルートを追加します。
- 例:VPC-Aのルートテーブルに宛先10.1.0.0/16、ターゲットにpcx-xxxxxxxxを追加。
- 必要に応じてサブネットごとに関連するルートテーブルも更新します。
4. セキュリティグループとNACLの設定
- セキュリティグループで、ピアVPCからの必要なプロトコルとポートのみを許可します(例:TCP 3306をDB向けに開放)。
- ネットワークACLも必要に応じてインバウンド/アウトバウンドを許可します。状態レスなNACLでは双方向ルールが必要です。
補足・確認項目
- DNS解決を使いたい場合は、ピアリング接続のDNSオプションを有効にします(コンソールのPeering Connectionの設定から変更)。
- 接続確認は、EC2からpingやtelnet、アプリ接続で実施してください。セキュリティグループが原因で疎通しないことが多いです。
よくあるトラブル
- ルート未設定やセキュリティグループで通信が遮断されることが多いです。まずルートテーブル→SG→NACLの順で確認してください。
VPCピアリング利用時の注意点・制限事項
IPアドレス空間の重複不可
VPC同士のCIDRは重複してはいけません。例:10.0.0.0/16と10.0.0.0/24は接続できません。重複があると通信が成立しません。
トランジティブルーティング不可
AとB、BとCが直接つながっていてもAからCに自動で到達できません。各接続で個別にルートを設定する必要があります。大規模接続ならTransit Gatewayを検討してください。
接続数とアカウント/リージョンの上限
ピア接続数には上限があります。用途に応じて上限引き上げ申請や別アーキテクチャを検討します。
双方でのルーティングとセキュリティ設定
通信には双方のルートテーブルとセキュリティグループ/NACLで許可が必要です。片側だけの設定では通信しません。
マルチリージョンと料金
リージョン間ピアリングは追加料金が発生する場合があります。費用を確認のうえ設計してください。
運用時の注意
CIDR変更やピア削除は影響が大きいです。変更前に通信経路と依存関係を確認し、メンテ計画を立ててください。
サービスの制限
一部マネージドサービスやゲートウェイ経由のトラフィックはピアリングでルーティングできない場合があります。事前に動作確認を行ってください。
まとめ・最新動向
VPCピアリングは設計がシンプルで、VPC間を低遅延かつプライベートに接続できます。小〜中規模のシステムや単一組織内の接続に向きます。セキュリティ面では最小権限の原則に従い、ルートやセキュリティグループを厳しく管理してください。
要点
– 用途: 管理サーバやデータベースへの安全なアクセス、環境分離の連携などに有効です。
– 運用: ルーティングの衝突回避(IP重複の確認)とログ取得(フローログなど)を必ず行います。
– 代替: 大規模や多組織間はTransit GatewayやPrivateLinkを使い分けます。
最新動向(2025年4月以降)
– ピア間の通信量可視化が強化され、通信コストの分析と最適化が容易になりました。これにより定期的なコストレビューとアーキテクチャ見直しが行いやすくなります。
実務的なチェックリスト
– IPアドレス範囲の衝突がないか確認
– 最小権限でセキュリティグループ/ACLを設定
– フローログとメトリクスで通信を監視
– 定期的に費用とパフォーマンスを評価
これらを守れば、シンプルな接続で安全かつコスト効率の良い運用が実現できます。












