はじめに
背景
ヘッドレスCMSを自作する際は、コンテンツを配信するバックエンド(CMS本体)と、それを表示するフロントエンドを完全に分離する考え方が重要です。バックエンドはAPIでデータを返し、フロントエンドはそのAPIを使って表示します。例えば、同じ記事データをウェブ、スマホアプリ、デジタルサイネージで共用できます。
本書の目的
本シリーズでは、自作ヘッドレスCMSの基本方針と設計の選び方を丁寧に説明します。用途や規模に応じて、ゼロから作るか既存CMSをヘッドレス化するかを判断できるように導きます。
基本方針
まず用途(ブログ、EC、コーポレートなど)と編集者の数、想定アクセス量を決めます。API設計はシンプルにし、後で拡張しやすい形にします。運用負荷を下げたい場合は既存のCMSを活用すると開発コストを大きく抑えられます。
進め方のイメージ
第2章以降で、最初に決めるべき項目、バックエンドの自作案、管理画面の選択肢、フロントエンド構成例、そして自作と既存対応の比較を順に説明します。
まず決めること
配信するコンテンツの整理
最初に何を配信したいかを具体化します。記事、製品情報、FAQ、画像・動画など種類ごとに1つのサンプルレコードを作り、必要なフィールド(タイトル、本文、サムネイル、公開日時、タグ、カテゴリなど)を洗い出します。例:ブログなら本文、抜粋、公開日、著者、カテゴリが必須です。
運用者の想定と管理画面の仕様
運用者がエンジニアか非エンジニアかで画面に求める要件が変わります。非エンジニアならWYSIWYG、ドラッグ&ドロップ、入力補助が必要です。エンジニア中心ならJSON編集やAPIテスト機能を優先します。ロールと権限(作成・承認・公開)も早めに決めてください。
配信チャネルとAPI設計
配信先(Web、モバイルアプリ、サイネージなど)ごとに必要なデータ形を確認します。小さなデータを頻繁に取りに行くならREST、クライアントが必要なフィールドを柔軟に取りたいならGraphQLを検討します。画像や動画はCDN配信を前提にURLとメタデータを用意します。
認証とアクセス制御
公開APIと管理APIで認証方式を分けます。公開用は公開鍵やトークンの制限付き発行、管理用はOAuth2やJWTでユーザー認証とロール管理を組み合わせます。編集履歴や監査ログも設計しておくと安心です。
実務的なチェックリスト
- コンテンツフィールド一覧を作成する
- サンプルAPIレスポンスを定義する
- 権限と承認フローを決める
- メディアの保存・配信方法を決める
- バージョン管理とバックアップ方針を決める
バックエンド(ヘッドレスCMS本体)の自作案
概要
ヘッドレスCMS本体は、コンテンツの保存・編集・公開を担うAPI層です。自作する場合は、設計と運用の手間を見越して技術選定と基本機能を決めます。
技術スタック候補
- Node.js(Express / NestJS):軽量で柔軟。リアルタイムやJavaScriptエコシステムと相性が良いです。
- Laravel(PHP):設定が楽で開発生産性が高いです。
- Django(Python):管理画面や認証が充実し、型に頼らない開発に向きます。
- データベース:PostgreSQL(推奨)、MySQL、軽い用途ならSQLite。
データ設計とスキーマ
コンテンツはスキーマ定義を用意します。例えば記事はタイトル、本文、公開フラグ(is_published)、公開日時(published_at)、作成者IDを持ちます。マイグレーションで構造変更を管理し、バリデーションをサーバー側で実装してください。
API(REST / GraphQL)
CRUDはRESTかGraphQLで実装します。RESTは学習コストが低く、GraphQLは柔軟な取得に強みがあります。一覧はページング、フィルタ(公開状態、タグなど)を付けて設計します。
認証・認可
認証はJWTかセッションを選びます。管理者・編集者・公開者のロールを用意し、エンドポイントごとに権限をチェックしてください。操作ログや監査履歴も残すと安全です。
運用と拡張性
バックアップ、マイグレーション、テスト、自動デプロイを整えます。キャッシュ(Redis)やキュー(RabbitMQ、Redis Queue)で負荷と非同期処理に備えてください。小規模ならまずシンプルに作り、必要に応じて機能を追加する方針が現実的です。
管理画面の作り方の選択肢
概要
管理画面は自作する方法と、既存サービスやノーコードを代用する方法があります。要求や人手に合わせて選びます。
自作SPA(React / Vue / Svelte)
利点:UIや操作フローを自由に設計できます。拡張や細かな権限制御が必要な場合に向きます。
実装上のポイント:ViteやCreate React Appで始め、フォームはライブラリでバリデーションします。ファイルはブラウザから直接クラウドに送る(プリサイン方式)とサーバ負荷を下げられます。画像はCDN配信とサムネイル生成を組み合わせると表示が速くなります。
画像アップロードとストレージ
方法:S3やGoogle Cloud Storageにプリサインを発行して直接アップロードします。大きなファイルは分割アップロードや復元可能な方式(multipartやresumable)を検討します。CORS設定と権限は忘れずに。
認証と権限管理
方式:JWTやOAuthで認証し、ロールベース(管理者/編集者/閲覧者)で権限を分けます。セッション管理とトークンの有効期限に注意してください。
既存BaaS/ノーコードを管理画面として使う
候補:Firebaseコンソール、Supabase Studio、Strapi(管理画面付き)、Airtable、Netlify CMS、Retoolなど。小規模や短納期なら十分対応します。メリットは導入の速さと運用コストの低さ、デメリットは細かなカスタムが難しい点です。
小規模プロジェクト向けの実践例
- Airtableをデータ源にして簡易管理画面を作る
- SupabaseのStudioでCRUDと認証をまかなう
これらは開発工数を大幅に下げられます。
運用上の注意点
バックアップ、ログ記録、アクセス監査を必ず用意してください。成長に合わせて自作へ移行する計画を立てておくと安全です。
フロントエンド構成の例
SSG(静的サイト生成)
Next.jsやNuxtを使い、ビルド時にAPIからコンテンツを取得して静的ファイルを生成します。表示速度とSEOに強く、公開後のページはCDNで高速配信できます。具体例として、ブログや企業の公開ページに向きます。更新が必要な場合は定期ビルドや差分更新(再検証)を使うと再デプロイを減らせます。
SSR(サーバーサイドレンダリング)
ページをリクエストごとにサーバーで組み立てて返します。ユーザーごとの表示や頻繁に変わるデータに適します。会員制ページやパーソナライズが必要なページで有効です。API呼び出しはサーバー側で行うので、機密トークンをクライアントに出さずに済みます。
CSR(クライアントサイドレンダリング)
初期表示は軽くして、必要なデータをブラウザで取得して描画します。リアルタイム性や複雑なUIが必要な場合に向きます。フォームやダッシュボードの一部で使うとユーザー体験が向上します。
ハイブリッド構成の例
・公開ページはSSGで高速化、ユーザーダッシュボードはSSR/CSRで動的に。\n・画像や静的資産はCDNで配信、APIレスポンスはキャッシュポリシーを設定。\n・編集プレビューはプレビューAPIや認証付きのSSR経路を用意します。
実装の際は、キャッシュ戦略と認証の扱いを最優先で決めると運用が楽になります。
自作 vs 既存ヘッドレス化の比較
比較の前提
目的やチームの規模で最適解が変わります。まずは要件(柔軟性、納期、運用体制)を明確にしましょう。
完全自作(バックエンドをゼロから)
- メリット: データモデルやAPI挙動を自由に設計できます。特殊なワークフローや最適化が必要な場合は有利です。
- デメリット: 設計・実装・運用・セキュリティ対策の負担が大きいです。認証やログ、バックアップなども自前で整える必要があります。
BaaS / ノーコードDBを使う場合
- 特徴: 認証やホスティング、スケーリングをサービス側に任せられ、開発が速くなります。例: FirebaseやSupabase、Airtable。
- 注意点: 複雑な業務フローや細かい権限制御は実現しにくいことがあります。ベンダーロックインの可能性もあります。
WordPressをヘッドレスにする場合
- 特徴: 管理画面やプラグインが充実しており、コンテンツ管理が楽です。既存の運用フローを活かしやすいです。
- 注意点: プラグインや本体の更新、セキュリティ対策が必要です。パフォーマンス対策を別途行う場合があります。
選び方の指針(簡易チェックリスト)
- 要件が特殊でないならBaaSやWordPressで早く始める。
- 長期的な制御や最適化が必要なら自作を検討する。
- 運用体制が薄ければ既存サービスで運用負荷を減らす。
要件とリスクを照らし合わせ、まずは小さなプロトタイプで試すことをおすすめします。












