はじめに
本章では、CDN(コンテンツデリバリーネットワーク)という仕組みと、本記事で扱う範囲を分かりやすく紹介します。
CDNとは簡単に
CDNは、写真や動画、ウェブページのデータを利用者の近くにあるサーバーから届ける仕組みです。たとえば、東京にいる人がロサンゼルスのサイトを閲覧するとき、遠くのサーバーから直接受け取るよりも、国内のサーバーから受け取るほうが早く表示できます。これにより読み込み時間が短くなり、動画の途切れも減ります。
本記事の目的
本記事は1990年代後半から2010年代初期までのCDNの発展を年表のようにたどります。起源、主要企業の動き、技術革新、価格変動、クラウド時代の影響などを、具体例を交えて解説します。
読み方の目安
専門用語はなるべく避け、図や比喩でイメージしやすく説明します。次章からは時代ごとに分けて詳しく見ていきます。
1990年代後半:CDNの起源と黎明期
背景
1990年代中盤、商用インターネットが普及し始めると、多くのウェブサイトは一つのオリジンサーバーに頼っていました。アクセスが集中するとサーバーが遅くなり、表示に時間がかかる問題が頻発しました。特に大きなファイルや多くの利用者を抱えるサイトでは支障が大きくなりました。
技術の発明と仕組み
1998年、MITの研究者たちがAkamaiを設立し、解決策を示しました。彼らはコンテンツを複数の地点に置き、利用者に最も近いサーバーから届ける方式を考案しました。具体的には、ドメイン名の応答を利用して利用者を近いサーバーへ誘導する仕組みを使い、人気のあるファイルはあらかじめ各地のサーバーに保存しておきます。これにより、遅延が小さくなり負荷も分散します。
業界の初期プレーヤー
初期のCDN企業にはDigital IslandやSpeederaなどがあり、Akamaiと並んでサービスを提供しました。市場はまだ小さく、主に大企業やトラフィックの多いサイトが顧客でした。2005年にはAkamaiがSpeederaを買収し、業界の統合が進みました。
ビジネスモデルと影響
当時のCDNはプレミアムな加速サービスとして提供され、費用は高めでした。大手メディアやECサイト、ソフトウェア配布などが主な利用先です。結果として、ウェブの体験は速く安定し、今日の大量配信の基礎が築かれました。
2000年代初期:統合とビデオの台頭
市場の統合と主要プレイヤー
2000年代初期は合併や買収が進み、Akamaiが買収を通じて支配的な地位を築きました。Limelight NetworksやLevel3 Communicationsも設備投資を拡大し、企業向けの配信サービスが広がりました。多くの事業者が配信網と顧客基盤を統合し、静的コンテンツ(画像やファイル)の高速化を中心にサービスを安定化させました。
ビデオストリーミングの急増
ブロードバンド普及に伴い動画の需要が急増しました。RealNetworksや大手ポータルはライブ配信を試み、Flashビデオの普及でウェブ上の動画が一般化しました。ニュースサイトやイベント放送など同時視聴が多いケースで、CDNは配信負荷を分散する必須インフラになりました。
技術の進展と標準化
適応的ビットレートストリーミングとは、視聴環境に合わせて画質を自動で切り替える技術です。AppleのHLSや後のMPEG-DASHといった標準が登場し、複数品質の動画を用意して配信する手法が一般化しました。CDNはこうした複数ファイルの配布、帯域管理、キャッシュ制御を効率化する役割を担うようになりました。
CDNの役割の固定化
この時期にCDNは単なる高速化装置から、映像配信の品質を守る基盤へと変わりました。コンテンツ所有者は配信品質とコストを重視し、CDN選びがサービス設計の重要な要素になりました。
2000年代後半:クラウド時代とペイ・アズ・ユー・ゴーモデルの出現
クラウドの到来とCDNの変化
2000年代後半はクラウドサービスの普及でCDNの立ち位置が変わった時期です。従来の長期契約や大規模な初期投資が不要になり、企業は必要に応じてサービスをすぐに使えるようになりました。これにより小規模なサイトやスタートアップもCDNを利用しやすくなりました。
Amazon CloudFrontの登場(2008年)
2008年にAmazon CloudFrontがAWSの一部としてローンチされました。CloudFrontはS3やEC2と連携し、コンテンツ配信をオンデマンドで提供しました。利用者は転送したデータ量やリクエスト数に応じて月次請求を受け、使った分だけ支払う仕組みが広まりました。
ペイ・アズ・ユー・ゴーの利点
従来の定額契約と比べ、初期コストが抑えられ、需要の増減に柔軟に対応できます。例えば、イベント時にアクセスが急増しても余分な契約を結ぶ必要がなく、通常時は費用を抑えられます。料金の透明性が高まり、導入判断がしやすくなりました。
Microsoft Azureの発表と市場競争
同時期にMicrosoftもクラウドプラットフォームを発表し、クラウドベースの配信や関連サービスを整備しました。これにより大手クラウド事業者同士の競争が激化し、機能や価格の面で利用者に有利な環境が生まれました。
市場への影響
クラウドとペイ・アズ・ユー・ゴーはCDN市場の敷居を下げ、サービスの標準化と自動化を進めました。伝統的なベンダーも価格や提供方法を見直し、APIやセルフサービスを強化する流れが定着しました。
2010年代初期:価格低下とコモディティ化
価格の下落
2010年代初期までにCDNの帯域幅単価は劇的に下がりました。かつてはギガバイトあたり数ドルかかった配信コストが、数セントレベルまで下がり、中小サイトでもCDN導入が現実的になりました。価格低下で配信自体は“当たり前”のサービスになりました。
競争と交渉力の変化
プロバイダーが増え、供給が過剰になると価格はさらに下がりました。大規模顧客はボリューム割引を交渉できます。小規模事業者は標準プランで十分な性能を得られるようになり、新規参入のハードルが下がりました。
差別化の方向性
配信コストでの差は小さくなり、プロバイダーは機能で差を付け始めました。具体的には、プログラム可能なエッジ機能(リクエストをサーバー側で動的に処理する機能)、APIや管理画面の使いやすさ、詳細なアクセス解析、画像最適化やストリーミングの付加機能などです。これらは単なる帯域提供以外の付加価値を生み出しました。
事例:FastlyとCloudflare
Fastlyはリアルタイムでエッジ処理を行える仕組みを推進し、開発者が配信ルールを細かく制御できるようにしました。Cloudflareは無料プランや簡単なDNS連携で手軽にCDNが使える環境を提供し、多くの中小サイトに普及しました。両社とも価格競争が激しい中で機能と使いやすさでユーザーを引きつけました。












