はじめに
本資料は、消化器系疾患のうち「SSL(鋸歯状病変)」に関する基本的かつ臨床的に重要な情報をわかりやすくまとめたものです。患者さんや医療関係者が日常診療で直面する疑問に応えることを目的としています。
SSLは大腸にできる特徴的な病変で、表面がぎざぎざ(鋸歯状)に見えることから名づけられました。見た目が地味で小さいものもありますが、一部は時間をかけてがんに進行する経路に関わるため注意が必要です。具体例としては、平坦で粘液を帯びやすい病変や、境界がはっきりしないものがあります。
診断は内視鏡が中心で、見逃しやすい点が課題です。内視鏡での見分け方や生検・切除の方法を適切に行うことで予防につながります。本資料では、SSLの定義と分類、形態的特徴、発がんメカニズム、診断の難しさ、治療法、臨床的意義と予後まで、全8章で順を追って説明します。読んでいただければ、診療や説明に役立つ実践的な知識が得られます。
SSLの基本定義と分類
定義
SSL(Sessile Serrated Lesion、鋸歯状病変)は大腸にできるポリープの一種です。以前はSSA/P(Sessile Serrated Adenoma/Polyp)と呼ばれていました。WHOはSSLを前がん病変として位置づけており、将来的にがんになるリスクがあると考えられています。
見た目と発生部位の特徴
表面は平らで盛り上がりが少なく、色は周囲の粘膜より淡いことが多いです。粘液(ムチン)をまとっていることがあり、右側結腸(上行結腸や盲腸)に多く発生します。内視鏡では見つけにくい場合があり、注意深い観察が必要です。
分類(実務的な見方)
- SSL without dysplasia(異型のないSSL): 転帰としては安定していることが多いですが、経過で変化することがあります。
- SSL with cytologic dysplasia(異型を伴うSSL): 細胞の変化が見られ、がん化のリスクが高い段階です。
- Traditional Serrated Adenoma(従来型鋸歯状腺腫): 形や病理像が異なり、SSLとは区別して扱います。
サイズ別の臨床的区分も用います。一般に10mm以上はリスクが高く、切除の適応となることが多いです。また小さな病変でも右側にあるものや粘液に覆われたものは見逃されやすく注意します。
過形成性ポリープとの違い(実例で説明)
過形成性ポリープは小さくて左側結腸に多く、表面がつるりとしています。一方、SSLは形が不規則で右側に多く、顕微鏡で見ると鋸歯状の構造が深く続く点で異なります。
臨床的意義
SSLは前がん病変として早期発見・切除が重要です。内視鏡での見逃しが原因でインターバルキャンサー(次回検査前に発見されるがん)につながる場合があるため、分類を理解し適切に対応することが求められます。
SSLの形態的特徴
位置と大きさ
SSL(俗に“セラミック様病変”とは呼ばれません)は右側大腸、特に盲腸や上行結腸に多く見られます。多くは直径10mm以上で、時に数センチに達することもあります。
形(外観)
見た目は平坦からわずかに隆起した形が多く、基底が広いことが特徴です。一見すると周囲の粘膜と区別がつきにくく、雲のように境界がぼやけて見えます。
色と付着物
白っぽい色調を示すことが多く、粘液が表面に付着していることがよくあります。粘液を洗い流すと下の粘膜の微小模様が見える場合があります。
内視鏡での見つけにくさ
色が周囲と似ていること、平坦性、粘液の付着で視認性が下がります。拡大観察や粘液の洗浄、観察角度を変えることで境界や微妙な隆起が見えやすくなります。
臨床での注意点
大きさが10mm以上の病変は注意が必要です。検査時は粘液を積極的に除去し、必要に応じて詳細観察や摘除を検討してください。
SSLと大腸がんの発癌メカニズム
概観
尾状状ポリープ(SSL)は、大腸がんの一つの発生経路である「鋸歯状経路」に関わります。普通の腺腫とは異なる遺伝的・エピジェネティックな変化が進行を促します。わかりやすく言うと、別の道筋でがん化が進むイメージです。
BRAF遺伝子変異(特にV600E型)
SSLではBRAFという遺伝子の変異が高頻度で見られます。BRAFが変わると細胞が過度に増殖しやすくなります。例えると、ブレーキが効きにくくなる自転車のような状態です。
CIMP(CpGアイランドメチル化表現型)とエピジェネティック変化
DNA自体の配列が変わるのではなく、メチル化という化学修飾で遺伝子のスイッチが切られます。SSLでは複数の遺伝子がメチル化される「CIMP-high」が起きやすく、がん抑制遺伝子が働かなくなります。
MLH1のメチル化とMSI-highへの進展
特にMLH1という遺伝子がメチル化されて働かなくなると、遺伝子修復がうまくいかず「MSI-high」と呼ばれる状態になります。これが進むと比較的急速にがん化する場合があります。
腺腫由来のがんとの違い
腺腫経路はAPCやKRASの変化が中心ですが、SSL由来はBRAF変異とメチル化が主体です。結果として病理像や反応性、増殖のしかたが異なります。
発癌の一般的な流れ(簡易)
- SSL形成→2. BRAF変異の獲得→3. CIMP-highによる抑制遺伝子のサイレンシング→4. MLH1メチル化でMSI-high化→悪性化、という流れが多く報告されています。
臨床的な意味
この経路を知ることで、観察や切除の重要性、分子標的治療の選択につながります。早めの発見と適切な処置が予後改善に役立ちます。
SSLの見逃しとインターバルキャンサー
見逃しやすい理由
SSL(セッシル・セリーテッド・レズン)は平坦で色が淡く、粘液の帽子で覆われることが多いため、通常の大腸内視鏡では過形成ポリープと見分けにくいです。右側結腸に多く、折りたたみや湾曲で隠れやすい点も見逃しを増やします。未熟練の術者は誤認することがあります。
インターバルキャンサーとの関係
インターバルキャンサーは定期検査間に発見されるがんで、見逃されたSSLが原因となることが多いです。SSLは短期間で悪性化する場合があり、見逃しは重大な影響を与えます。
見逃しを減らす対策
- 観察時間を十分に確保(退出観察を丁寧に行う)
- 前処置(腸管洗浄)の質を上げる
- 画像強調観察や色素散布、二回見直しを活用する
- 医師の教育と症例共有を進める
患者へのポイント
見逃しを防ぐため、検査前の説明を受け、症状や家族歴は正確に伝えてください。経過観察の指示は守ることが大切です。
SSLの診断方法
検査の基本
大腸内視鏡検査が最も重要です。洗浄を十分に行い、ゆっくりと観察しながら盲腸から肛門まで戻る際に注意深く画面を追います。観察時間を確保すると発見率が上がります。
内視鏡での観察ポイント
SSLは平坦で周囲と色が似ているため、動体視力と集中力が求められます。わずかな陥凹や表面の不整を見つけたら拡大して確認します。空気や水で粘膜を広げると形が分かりやすくなります。
粘液と色調の手がかり
白っぽい粘液が付着していることが多く、これが重要な手がかりになります。粘液を洗い流しても下に白っぽい帯状や淡い発赤が残る場合、SSLを疑います。
補助的な技術
色素(インジゴカルミン)や狭帯域光(NBI)で微細模様を強調できます。拡大内視鏡があると表面構造の評価が向上します。
生検と診断判断
小さな病変では生検で確定できないことがあります。その場合は内視鏡的切除を行い、切除組織で確定診断します。
内視鏡医の技術と注意点
熟練度が診断精度に直結します。定期的なトレーニングと症例経験が重要です。必要なら二人で観察するなどの工夫をして見逃しを減らします。
SSLの治療と切除の重要性
はじめに
SSL(鋸歯状病変)は腫瘍性ポリープであり、切除することで大腸がんを予防できます。放置すると増大し出血や腸閉塞など症状を起こすことがあるため、早めの対応が大切です。
切除適応と方針
- 原則としてSSLは切除対象です。小さなものでも経過観察より切除を選ぶことが多いです。
- 病変の大きさや形、疑わしい所見(不整な隆起や色むら)があれば、より積極的に完全切除を行います。
内視鏡的切除の方法
- コールドスネア切除:小さな病変(数ミリ〜1センチ程度)で有効で、安全性が高いです。電気を使わず切除します。
- EMR(内視鏡的粘膜切除):中等度の大きさに適し、生理食塩水を注入して病変を持ち上げて切除します。手技が比較的短時間です。
- ESD(内視鏡的粘膜下層剥離術):大きな病変や瘢痕を伴うもの、完全切除が難しい場合に用います。時間と技術を要しますが、一回で取り切れる利点があります。
完全切除の重要性
切除時は断端(切除縁)を確認し、病理で異型の有無を評価します。不完全な切除は再発や進行につながるため、追加切除や外科手術を検討します。
合併症と対策
出血や穿孔が主な合併症です。適切な止血や縫合、必要時の外科的対応で管理します。リスクは切除法と病変の場所・大きさで変わります。
術後のフォロー
完全切除後も定期的な内視鏡検査で再発や新規病変をチェックします。患者には病変の性質、術後経過、次回検査時期をわかりやすく説明します。
SSLの臨床的重要性と予後
臨床的意義
SSL(有茎・扁平な前癌病変)は右側結腸に多く発生し、右側の大腸がんの原因として注目されます。表面が平らで粘液が付着することがあり、内視鏡で見落とされやすい特徴を持ちます。そのため、スクリーニングや経過観察で重要なターゲットになります。
予後とリスク
見つかりにくいことが最大の問題で、見逃しが原因で間隔癌(検査間隔中に発見されるがん)が生じやすくなります。発がん速度は個体差がありますが、浸潤が進むとリンパ節転移や遠隔転移のリスクが高まり、治療が困難になります。早期に完全切除できれば予後は良好です。
臨床での対応ポイント
高品質な内視鏡検査(十分な洗浄、拡大観察、染色や画像強調)を行い、小さな変化も見逃さないことが重要です。見つけたら可能な限り完全切除し、病理診断で評価します。切除後は病変の深達度に応じて短めのフォローアップを行い、再発や新たな病変の早期発見を目指します。教育と経験のある内視鏡医への紹介も有用です。なお、適切な検査と治療で多くは防げます。












