はじめに
目的
本書は、AWSが提供する主要なストレージサービス(Amazon S3、EFS、FSx、EBS)と、それらの特徴・用途・使い分けを分かりやすく解説します。新機能のS3 VectorsやAI/RAGでの活用、コストや選定ポイントまで網羅します。
読者対象
クラウド設計者、開発者、運用担当者、これからAWSのストレージを学ぶ方を想定しています。専門知識が浅くても理解できるよう、具体例を交えて説明します。
本書の構成と読み方
各章でサービスの概要と代表的なユースケースを示します。実務で選ぶ際の比較表やコスト注意点も掲載します。はじめに全体像を把握し、必要な章を順に読んでください。
注意点
専門用語は必要最小限にし、可能な限り具体例で補います。実際の設計では要件(容量、性能、可用性、コスト)を優先して選定してください。
AWSストレージサービスの全体像
概要
AWSは用途に合わせて複数のストレージを提供します。大きく分けるとオブジェクト(Amazon S3)、ファイル(Amazon EFS/Amazon FSx)、ブロック(Amazon EBS)、そしてオンプレ連携や大量データ移送のためのゲートウェイ/Snowball系です。それぞれの特性を押さえると、適切に選べます。
主な分類と用途例
- オブジェクト(S3): 画像、ログ、バックアップ、データレイク向け。高耐久で容量無制限の保存に向きます。例: Webサイトの静的アセットや分析用ログ保管。
- ファイル(EFS/FSx): NFSやSMB共有が必要なアプリ向け。複数サーバーで同じファイルを共有する場合に便利。例: コンテナやワークフローでの共通ストレージ。
- ブロック(EBS): EC2のルートやデータベースの永続ディスク。低レイテンシーでIO性能が必要な用途に使います。例: RDBやファイルシステムの下層ディスク。
- ゲートウェイ/データ転送(Storage Gateway/Snowball): オンプレとクラウドの橋渡しや大容量データ移行。例: 数TB〜PB級の移行やオフライン輸送。
選定の視点(簡潔)
性能(レイテンシ/IOPS)、耐久性、コスト、アクセスパターン(頻度・共有)、運用のしやすさを基準に選びます。具体的には、読み書きが多く低遅延が必要ならEBS、共有アクセスが重要ならEFS、長期保存や解析用途ならS3を検討します。
実務でのポイント
- 小さなファイルが大量にある場合はアクセス方式でコストや性能が変わります。
- バックアップやアーカイブはS3の階層(Standard→Infrequent→Glacier)で最適化できます。
- 移行ではネットワーク経由の方法と物理輸送(Snowball)を比較してください。
以上が全体像の要点です。章ごとの詳細は続く章でそれぞれ掘り下げます。
主要ストレージサービス詳細と特徴
この章では、主要な4つのAWSストレージサービスの特徴を分かりやすく説明します。
Amazon S3
容量は実質無制限で高い耐久性を持つオブジェクトストレージです。ログや画像、学習用データなどの大量データ保存に向きます。バージョン管理やライフサイクルで自動的に安価な階層へ移動できます。例:ウェブサイトの画像やバックアップの長期保管。
Amazon EFS
完全マネージドの共有ファイルシステムです。複数のサーバ(EC2)から同時にアクセスでき、ウェブサーバの共有ディレクトリやコンテナ間でのファイル共有に便利です。アクセスパターンに応じてスループットを調整できます。例:複数台でビルド作業を分担する開発環境。
Amazon FSx
Windows向けのSMB互換やLustreのような高性能ファイルシステムを提供します。Windowsアプリや高性能計算(HPC)、メディア処理のように専用のファイル機能や高スループットが必要な場面で使います。例:Windowsのファイルサーバや映像レンダリング。
Amazon EBS
EC2インスタンスに接続するブロックストレージです。データベースやトランザクション処理など、低遅延かつ高いIO性能が求められる用途に適します。スナップショットでバックアップが取れます。例:MySQLやPostgreSQLのストレージ。
これらを用途に合わせて使い分けると、コストと性能のバランスが取りやすくなります。
Amazon S3の進化と新機能:S3 Vectors
概要
2025年に追加されたS3 Vectorsは、ベクトルデータを直接保存・検索できるS3の拡張機能です。AIやRAG(Retrieval-Augmented Generation)で使う埋め込み(ベクトル)を手軽に扱え、専用のベクトルDBを用意する必要を減らします。
主な特徴
- コスト効率:運用コストを最大90%削減できる点が大きな魅力です。ストレージ課金を活かして低コストで保管できます。
- 高速検索:大規模データでも高速に近隣ベクトル検索(k-NN)を実行できます。API経由で簡単に呼び出せます。
- サーバーレス運用:インフラ管理がほぼ不要で、スケールに応じて自動で処理します。
使い方イメージ
- テキストから埋め込みを作成(外部モデル)。
- 埋め込みをS3 VectorsへAPIで保存。
- クエリの埋め込みを送信し、類似度検索で候補を取得。
利用上の注意とベストプラクティス
- 埋め込みの前処理(正規化や次元数の設計)を行ってください。
- ライフサイクル管理や暗号化、IAMでアクセス制御を設定してください。
- 極端な低レイテンシや高度なカスタムインデックスが必要な場合は、従来の専用DBが適することがあります。
ユースケース例
- ドキュメント検索・RAGのデータ層
- パーソナライズやレコメンドの候補抽出
- チャットボットの高速な類似応答検索
S3 Vectorsは、手軽さとコスト効率を重視するプロジェクトに特に向いています。
使い分け・ユースケース比較
Amazon S3
- 向いている用途:バックアップ、アーカイブ、Web配信、データレイク、AI/ML用の大容量データ保存。
- 具体例:ログを長期間保存して解析する、静的サイトのホスティング、学習用の画像やCSVをまとめる。
- ポイント:オブジェクト単位で安価に保存でき、アクセス頻度に応じたクラス分類が可能です。
S3 Vectors
- 向いている用途:ベクトル検索、RAG(Retrieval-Augmented Generation)、生成AIアプリの検索基盤。
- 具体例:FAQをベクトル化して高速に類似回答を探す、チャットボットの文脈検索。
- ポイント:近似検索が得意で、検索速度とスケーラビリティを優先する場合に有利です。
Amazon EFS / FSx
- 向いている用途:複数サーバー間でのファイル共有、Linux/Windowsアプリの共有ストレージ。
- 具体例:複数EC2から同じファイルにアクセスする共同編集、Windows専用アプリのファイルサーバー。
- ポイント:ファイルシステムをそのまま使えるため既存アプリの移行が楽です。
Amazon EBS
- 向いている用途:EC2上で稼働するデータベースやトランザクション系ワークロード。
- 具体例:RDBMSのプライマリストレージ、低遅延が求められるアプリのディスク。
- ポイント:ブロックストレージで低レイテンシ、I/O性能を細かく設定できます。
選び方の簡単な目安
- 大量データの保管や配信:S3
- ベクトル検索やRAG基盤:S3 Vectors
- 共有ファイルが必要:EFS/FSx
- 高速なブロックI/O:EBS
用途と性能、コストを照らし合わせて選ぶと失敗が少なくなります。
最新動向:AI/RAG・ハイブリッド検索とAWSストレージ
概要
RAG(Retrieval-Augmented Generation)や大規模言語モデル(LLM)の活用が広がり、ストレージの役割が変わっています。データをただ保管するだけでなく、検索やAIのための基盤として設計する必要があります。
ベクトル検索とハイブリッド検索とは
ベクトル検索は文章の意味を数値化して近さで探します。例えると、意味が近い文章を地図上で近い場所に配置して探す方法です。ハイブリッド検索は意味検索(セマンティック)とキーワード検索を組み合わせ、精度と速度を両立します。
AWSでの実装例
Amazon Bedrock Knowledge BasesはS3やS3 Vectorsと組み合わせて、ハイブリッド検索や高精度なRAG構築を支援します。S3に元データを置き、S3 Vectorsで埋め込みを保存し、検索エンジンで両者を連携します。実運用では検索応答に必要な断片だけを高速に取り出せます。
運用上のポイント
- データ設計:検索対象を適切に分割しメタデータを付けると精度が上がります。
- コスト管理:埋め込み生成や検索インデックスはコストが発生します。アクセス頻度に応じたストレージ階層を検討します。
- セキュリティ:機密データは暗号化とアクセス制御を徹底します。
導入の流れ(簡単)
- データを整理してS3へ配置
- 埋め込みを生成してS3 Vectorsへ格納
- セマンティック+キーワード検索のパイプラインを構築
- 検索応答をRAGでLLMに渡し結果を生成
この流れにより、ストレージがAI活用の中核になります。
コスト・選定ポイント
概要
ストレージ費用は単純な容量だけで決まりません。利用頻度やAPI呼び出し回数、冗長化の度合い、性能要件で大きく変わります。ここでは選定時に押さえるべき点と、具体的な節約方法を分かりやすく説明します。
コストを左右する主な要素
- 容量:保存するデータ量。例:動画は画像より容量が大きい。
- アクセス頻度:毎日アクセスするか年に数回かで料金体系が変わることが多い。
- APIリクエスト数:小さなファイルを大量に読み書きすると追加料金が出る場合があります。
- 冗長化/レプリケーション:複数拠点に複製するとコストが増えます。
- パフォーマンス要件:低遅延や高スループットを求めると高価になります。
選定時のチェックポイント
- 用途を明確にする(バックアップ、配信、分析など)。
- 必要な耐久性と可用性を決める(長期保存か即時復旧か)。
- アクセスパターンを測る(ホット・コールドの比率)。
- 運用負荷を考える(管理や自動化のしやすさ)。
コスト最適化の具体策
- ライフサイクル設定で古いデータを安価な階層へ自動移行する。
- 小さいファイルはまとめて保存してリクエスト回数を減らす(例:アーカイブZIP)。
- 利用状況をタグとメトリクスで可視化して不要データを削除する。
- 圧縮・重複排除で容量を削減する。
小さな事例
- ログ保存:頻繁に見る最新30日だけホットストレージ、古いログは安価な階層へ移すと分かりやすく節約できます。
- バックアップ:長期保管は低コスト階層、復元頻度が高い部分は高性能ストレージに分けます。
これらを基に用途と予算を照らし合わせて選定してください。
まとめ:AWSストレージの選び方
概要
従来型の用途にはS3、EFS、FSx、EBSを目的別に選択します。AIや検索、生成AI用途にはS3 Vectorsやハイブリッド検索を活用すると有力です。コスト、パフォーマンス、管理負荷を総合比較して選定してください。
用途別の簡単な目安
- S3(オブジェクト): バックアップ、ログ保存、静的ホスティング。安価で耐久性が高いです。
- S3 Vectors: 埋め込み(ベクトル)検索や生成AI向けの大規模データ活用に向きます。
- EFS(共有ファイル): 複数サーバーでファイル共有するウェブアプリやコンテンツ配信に適します。
- FSx(専用のファイルシステム): Windowsワークロードや高性能(Lustre)用途で有利です。
- EBS(ブロック): データベースや低レイテンシのストレージを必要とするEC2向けです。
選定時のチェックポイント
- アクセスパターン(頻繁かアーカイブか)
- レイテンシとスループット要件
- 管理負荷と運用のしやすさ
- コスト構造(保存・転送・リクエスト)
- 将来の拡張性とAI活用の可能性
実務的な進め方
まず現状のワークロードをプロファイルし、小さなPOCで候補を検証します。コストと性能をモニタリングして最適化を繰り返すと、運用での躓きを減らせます。S3 Vectorsやハイブリッド検索はAI用途で大きな効果が期待できますが、既存システムとの連携やコスト影響を確認してください。
結論として、用途と将来のAI戦略を踏まえて最も合うストレージを選べば、クラウド活用の効果が高まります。












